鎌倉の、地域がつながるさかなの協同販売所で「魚を丸ごと味わう」ワークショップ開催<助成事業者インタビュー>
地域課題の解決を目指して今春鎌倉にオープンした 魚屋が、魚をおいしく食べる技術や知識を地域住民に伝授
2023.10.26
魚をさばいて1尾丸ごとおいしく味わう。
海の恵みに恵まれた日本では従来、当たり前だった食生活ですが、現代ではなかなか家庭で見られない光景になったように思います。その背景には、ライフスタイルの変化や海の環境変化、水産流通の構造など、複雑に絡み合ったさまざまな要因が存在しています。
鎌倉で今年4月にオープンした、地域がつながるさかなの協同販売所「サカナヤマルカマ」では、暮らしの中で海や生産者とのつながりを身近に感じ、魚をおいしく食べる知識や技術を学べるイベントやワークショップを企画。日本財団 海と日本プロジェクトの助成事業として開催しています。
「このワークショップが”非日常体験”で終わらないよう、日常の暮らしにつながることを意識して作っています」というプログラムは、大人向けと小学生親子向けの2コース。秋からそれぞれ全3回のプログラムでスタートしました。
水産業における後継者不足や、買い物難民などの地元の課題解決のために誕生した鎌倉の魚屋。「魚食を軸に、地域の人たちと緩やかにつながりながら、“おいしいものを食べる幸せ”を広げていきたいですね。魚屋としてのチャレンジです」と語る、鎌倉さかなの協同販売所の狩野真実さんに、取り組みへの思いや成果などについて伺いました。
日常生活に生かせる「魚を1尾丸ごと味わう」をテーマにワークショップを開催
鎌倉の住宅地に、2023年4月にオープンした「サカナヤマルカマ」では今年、地域住民に向けて「魚を1尾丸ごと味わう」をテーマにしたワークショップを実施中です。大人向け1クラスと小学生親子向け2クラス、それぞれ全3回のプログラムで、魚や海のこと、魚をおいしく食べる技術など、魚を自分でさばいておいしく食べる方法を伝えています。
鎌倉ではホームパーティーをする人も多く、参加者にとっては自分でさばいた魚を料理して客人に振る舞えるようになれる、というのも魅力のひとつなのだとか。皆でおもてなし料理を味わいながら、集う人たちの海や魚への興味を喚起してもらえたら、という狙いも込めたプログラムのようです。
「海が近い鎌倉では環境系のプログラムは頻繁に行われていますが、目の前の海にいる魚と自分たちの食生活がどうつながっているのか、海で何が起きているかを知る機会はとても少ないんです。新鮮な魚を手に入れられる場所は少なく、東京と同じようにスーパーで切り身魚を買っている人が大半です。高齢化で魚屋が減っていること、地元漁師が獲った魚が市内に流通しづらい構造になっていることなどが主な要因です」
そんな生産者と消費者の距離を縮めて魚食が日常的なものになるように、と始めた取り組みの一環でワークショップも企画されました。
ワークショップ開催前のキックオフイベントでは、「今、私たちをとりまく海やサカナに何が起きているのか」をテーマにした講義を実施。30年以上にわたって日本の水産業に深く関わってきた“ウエカツさん”こと魚の伝道師・上田勝彦さんが子どもにも理解できるよう、海がどう変わっているのか、サカナはどうやって食卓に運ばれてくるのか、なぜ魚が減っているのか、私たちは何ができるのかなどを話し、1,000人以上がオンライン視聴したそうです。そんな事前の学びで興味を抱いた方々が、ワークショップに参加されています。
ワークショップでは、ウエカツさんのほか、魚を知り尽くしたプロや料理人が講師を努め、「魚の臭みの原因を取り除く方法」だとか「保存の仕方」「アラ汁のつくり方」「ごみの捨て方のコツ」まで、魚1尾をまるごと味わい尽くす方法をレクチャー。魚も切り身と1尾丸ごとを食べるのでは、わかることも違うのです。
9月に第1回を実施した後、「プログラムに参加してくれた子たちが学校帰りに店に寄ってくれたりしてコミュニケーションが続いているのですが、家で魚をさばけるようになったことで急に食卓が豊かになった、という報告も受けました。お母さんと一緒に魚をさばいて調理して、お父さんに褒められた、なんてこともあったようです」と狩野さんも嬉しそう。
サカナヤマルカマでは、漁で捨てられたり、市場で値がほとんどつかないような小さな魚を、食育のため子どもたちにプレゼントしたりもしているそうで、今後も親子向けにいろいろな企画を考えているそうです。
生産地と消費地のメンバーが、互いに学び合い、進化しながら運営
そもそも、サカナヤマルカマの主軸にあるのは人材育成で、魚屋と称しつつ水産系のスタッフは1名のみ。多様な業種の人たちが、コンセプトに共感して集まった組織なのだとか。 魚の勉強をしたいからと料理人が働いていたり、プログラムに参加した地元住民がボランティアで手伝ってくれていたり。魚屋に興味を持ってくれた方々に広く門戸を開き、みんなで学び合いながら運営をしています。
「魚屋だけでは無理でも、売る人、料理する人などが緩やかにつながっていけたら、できることも増えていくと思っています。たとえば未利用魚は加工に手間がかかるものが多いだけでなく、味の特徴や調理方法が分かりにくく扱い難いところがあります。でもマルカマには料理人がいるので、試行錯誤しながらもおいしい惣菜にしたり、お客さんに調理方法を提案したりと、解決策がつくれるんです」
一緒に働くのは世代も職種も異なるメンバーたちですが、興味のベクトルや関心の深さは少しずつ違っていても、この魚屋の存在意義は共有しています。スタッフも学びながらプログラムを作り、自分たちが得た知識や技術を地域の人に広げていく。魚屋と、今回のプログラムを通じてよい循環ができ始めているようです。
魚は、パートナーエリアである鹿児島県・阿久根市からの産地直送を主に、小田原からも定期的に仕入れ始めたそうですが、生産地へのフィードバックや情報共有を大切にし、 互いに学び合い、進化し合える関係づくりを目指しています。
ビジョンに共感してくれるパートナーエリアを増やしたいと考えているそうですが、なぜ、スタートは鹿児島阿久根市だったのでしょう?
サカナヤマルカマの開店以前から、狩野さんは鎌倉を拠点に地域間交流をテーマとしたプロジェクトを運営しており、さまざまな地域との交流イベントの企画やタブロイド制作などを行ってきました。
「そのなかで、出会ったのが水産業の後継者不足や販売ルート確保などの課題を抱えていた鹿児島の阿久根市でした。何か一緒にやりましょうと、3日間限定の鮮魚販売や居酒屋を鎌倉の飲食店でやったら、大盛況で。翌年、移動販売を試してみたところ、高齢者が行列したのです」
そこには郊外住宅地の高齢化や商店街のシャッター化などに伴う鎌倉の“買い物難民”という問題が存在していて、その課題解決につなげたいという町内会からの引き合いも多かったことから 、事業化を考えていくことに。複数の町内会の会長も理事に加わり、鹿児島県阿久根市、鎌倉市のメンバーで2022年秋に一般社団法人鎌倉さかなの協同販売所を設立。2地域のニーズから誕生した、待望の事業拠点でした。
未利用魚や丸魚にこだわるワケとは。消費者の責任とは
「一消費者として、海の環境変化や漁師不足、流通構造の課題、世界の食糧事情など諸々考えていくと、このままだと海の資源に恵まれた日本で暮らしていても、おいしい魚が食べられる機会はどんどん減っていくのではという危機感があって。
そこに向けた小さなチャレンジがこの魚屋です。日本近海に生息する食べられる魚の種類と普段目にして食べている魚の種類のギャップに向き合うだけで、魚の食べ方は変わると思うのです。海で獲れた魚を丸ごとおいしく食べることは、シンプルでとても豊かなことですよね」
ワークショップでも魚屋運営でも、未利用魚や丸魚にこだわっているのは、そういった思いが込められているようです。
そして「スーパーに決まった魚種しかないという現状については、消費者ニーズに合わせて出来上がったシステムでもあるので、責任の一端は消費者である私たちにもあるはず」と指摘。
「せっかく日本には、すぐ近くで魚が獲れて、海洋環境の変化で獲れる魚種が変わってもおいしい魚が食べられるという恵まれた環境がある。それがいかに贅沢で豊かなことか、そのありがたみや幸せに気づけるような機会をつくっていきたい。
また、漁師さんが獲った魚が食卓に並ぶまで、どんな手間ひまが掛けられているかを知り、必要十分な対価を払って余すことなくおいしく味わう。そんな意識が広がれば、社会の仕組みも日常も変わっていくかなと思うんです」
そんな変化に期待しながら、地域に根ざした取り組みが日々続けられています。
海があると健やかさが違う。これからも“おいしい”を大切にする輪を広げていきたい
最後にご自身のことや、今後の展望などについて伺ってみたところ、狩野さんは7年前に鎌倉に引っ越すまで、東京で地域の課題に取り組んでいたそうです。ただ、自然環境に関わる課題に取り組みたいと思うようになったのは、鎌倉に住んでからだったと言います。
「引越し前と変わらない普通の生活をしているだけで、山も森も全部つながっているんだと気づけたのは鎌倉の海のおかげです。海があるのとないのとでは健やかさが違う。海は、当たり前の自然を感じさせてくれる存在ですね」
そんな海と魚をテーマに取り組みたいことはたくさんあるそうですが、今の課題はリソースが足りないことだとか。
「魚食・魚屋をとりまく課題は山積ですが、おいしい魚を食べ続けられるよう、チャレンジしていきたいです」と飽くまで前向き。
「これからも魚食を軸に、“おいしい”を大切にする輪を広げていきたいですね。おいしいってシンプルに幸せなことだと思うから。魚屋としてのチャレンジです」
海や魚、地域を取り巻くさまざまな課題に向き合いながら、魚をおいしくいただく。
そんな健やかなマインドが、人々の日常に広がっていくことに期待したいと思います。