海の研究を社会に届ける「多世代うみまなび」で“海の精鋭”を育成<助成事業者インタビュー>
「九州大学うみまなび」の第2フェーズとして多世代に向けた教育プロジェクトを展開中!
2024.10.24
「九州大学うみつなぎ」は、持続的な海洋保全に必要な“海の精鋭”を育成していこうという日本財団 海と日本プロジェクトの助成事業のひとつです。福岡を中心とした九州の海や自然をフィールドに、講座やワークショップなどを数多く実施してきました。
中高生を対象に2020年からスタートしたプロジェクトで、運営は九州大学大学院工学研究院附属環境工学研究教育センターが中心となって取り組んでいます。
そして“うみつなぎフェーズ2”と位置づけた2024年度の事業は、「『多世代うみまなび』でつながる沿岸地域−共に高め援け拓きあう」の名の通り、対象を子どもから大人まで多世代に広げて活動を展開中です。
海と人のつながり、さまざまな学問のつながり、地域とのつながり。さまざまな“つながり”を意識しながら、つながりのなかで一緒に教育プログラムをつくり実践しているのだとか。
海が近い福岡のまちを気に入って東京から移住したという、九州大学うみつなぎ統括プロデューサーの清野聡子准教授に、プロジェクトの背景や成果、フィールドにしている福岡の海の魅力などについてお話を伺いました。
複雑な海洋問題に向き合うために。人を、学問を、地域を、海とつないでいきたい
2020年にスタートした「九州大学うみつなぎ」ですが、プロジェクト誕生の背景にはどんな思いがあったのでしょうか。
「それまでも海岸や海の研究・教育をしているなかで、地域と連携したワークショップ等も年間20件くらいは行っていたんです。ただ、どれも単発イベントとして終わってしまっていて、これを一貫性のあるまとまった講座として実施できれば、もっと外部から認知されやすくなるのではないかと、九州大学の海洋関連の教育をまとめた講座をつくる動きが生まれました。
海の一番の問題は、分野や領域がさまざまあって複雑に絡み合っていることだと思っています。行政的にも川や山に比べてステークホルダーや管理者が多岐にわたっているので、そこにつながっていかなければと考えていました」
というその思いが、“うみつなぎ”というネーミングにも込められていると言います。
「昔から、海の課題への対応や向き合い方は個別になりがちで、海洋全体としてつながっていかないという状況があって、それを統合していこうと若い頃から取り組んできた経緯もありました。この取り組みも、単発ではなく一貫したものとしてつなげていきたいという気持ちで続けています。将来的にはもっと組織化していけたらと考えています」
プロジェクトが始まった2020年は、ちょうどコロナ禍の真っ最中で、目の前に海がある福岡では、「人に会えないなら海に行こう」といった機運もあったそうですが、屋内にいる子どもたちにも海の面白さを共有しようと、オンライン講座としてスタートしました。
講座のテーマは、海ごみや海洋地形学、磯焼けなど海洋環境が中心。「海辺の教室」では現地でのリアルな学びを届けようと、県内をはじめ九州各地の海辺から中継で伝えたそうです。
「運営にはこれまで、大学の研究者のほかクリエイターやカメラマン、科学展示のプロ、メディアなどの肩書きを持つさまざまな人が加わってくれています。
研究者だけでやっているとイベントの盛り上げがうまくいかなくて、伝え方が重要なのだなと感じました。せっかく未公開の貴重な研究映像を持っていたり、整理されていない膨大な写真があったりと面白い研究をされているので、あとは“伝える”ためのパートナーが必要だと考えたんです」
そこで既知の関係者一人ひとりに協力を仰ぎ、参加してもらったのだとか。現在も、うみつなぎスタッフとして研究者と社会をつなぐコーディネートを行うなど、外部メンバーが一緒にプロジェクトを発展させてくれているそうです。
目指すのは“海の精鋭”の育成。活躍するユース世代の姿に手応えも
プロジェクトのスタートから4年半が経った現在、参加したユース世代の活躍などに手応えも感じているそうです。
「海洋人材の育成と言っても、みんなが海洋の専門分野に進むわけではありません。
でも、海洋の仕事に従事する専門家でなくても、例えば経済の道に進んでも海洋の議論に参加できるし、するべきもの。それならば、国際的な場で海に関与できる人材を育てるべきだと気づきました」
実際に今、うみつなぎに参加したユース世代が、熊本で開催された2022年の国際会議「第4 回アジア・太平洋水サミット」で発表に挑んだり、ハイブリットミーティングやシンポジウムに参加するなど、精力的に活動しています。アジアのユース世代のレベルが上がっているなか、国際舞台で見劣りしない堂々とした発表だったそうです。
「成果を発揮できるこうした場はまだ少ないので、子どもたちもやりがいを感じてくれていると思います」と清野さん。子どもたちも参加した同世代から多くの刺激を受けた様子だったとおっしゃっています。
SDGsなどの浸透もあって活躍するユース世代は社会の一員として存在感を放っていますが、プロジェクトのなかでもユース世代が大人に伝える、場合によってはリードする場面が多くなっているんだとか。
「海辺の教室」も当初は学びを提供するスタイルでしたが、3年目くらいからは教えてもらうことが増え、一緒にプログラムをつくっていく形に変わってきたそうです。世代間やセクター間の強いつながりもでき、大学には新しい領域ができるなど、関係性が変化していったことも成果のひとつと言えそうです。
2024年度はターゲットを多世代に広げて活動をバージョンアップ
第2フェーズと位置付けて取り組んでいる今年度は、ターゲットを子どもから大人まで多世代に広げて学びの場を提供中です。
「親子だけでなくご近所の方もご一緒にどうぞと呼びかけて開催しているのですが、毎週土日は満員となる人気ぶりで参加者も増えています。
生き物観察やビーチクリーンでは子どもから教わることがたくさんありますし、逆に大人は昔のことを語って聞かせたりと、教え合っていますね」
約1時間の海岸でのコミュニケーションの中で、たくさん会話が交わされているそうで、世代を超えた学びの広がりを感じます。
また、今年度は「超域うみしらべ」と題した調査も行っています。
「ビーチクリーンイベントで回収した漂着物を調べているのですが、ペットボトルや軽石がどこから流れて来たのか海流がわかってくるので面白いです。大学生が扱う走査型電子顕微鏡という高額機器を小学生が上手に使いこなしてウニの殻の微細構造を調べていたり、驚きもありました」
活動の幅も認知も広がっていますが、いまは小学校からの「海の教室」をやってほしいという要望も多く寄せられているそうです。
どんなテーマに対しても専門分野の教員のアテンドが可能という信頼と、うみつなぎ出身の高校生たちの国際舞台での活躍や、大学の希望分野への推薦や入学といった実績が、評判につながっている様子。
そんなさまざまな手応えを感じながら、今後はプロジェクトの自走化を目指していきたいという清野さんですが、そのために必要なこともまだあるようです。
「改善したいのは、こうした活動が仕事として認識されていないこと。私も長年、予算が確保できずに片手間でやってきましたが、それが全体の質を下げていたと思うのです。
実際、補助金をいただいてプロジェクトとして取り組んだことで質がアップしてきましたし、今後はこの質を担保しつつ、自走できるように資金面も組織面も整えて取り組んでいきたいと思います。海外では研究と同じ予算を普及にかけていますから、普及のためには、学会にも地域にもこうしたコーディネートを仕事にする人をもっと増やしていくことが必要と考えています」
と現状分析についても明確な回答が寄せられました。
東京から福岡へ。人も社会も海に向き合っている福岡は海が近い!
活動フィールドとしている福岡の海についてお伺いしてみると、その魅力をたっぷりと語ってくれました。
「台風での海面上昇や漁獲される魚の変化など目の前で起きる日常的な海の変化が、そのまま地球規模の現象として捉えて考えられるのは大きいですね。
それに干潟も浜も磯もある多様な海で、生き物も景観も多彩です。
とくに福岡は、海流と地域のつながりが面白いですね。対馬暖流が流れていますが、季節で獲れる魚がこのまちの関心事になっていることがはっきりわかります。旬の魚で地域が盛り上がるんです。
まちなかでは海や魚の話題が多く、潮干狩りができないことにみんなが悲しみますし、地元の企業文化の中に『イカ釣り接待』なるものがあって『最高の接待はマグロ釣り』とも言われています。社会全体が海に近いんですね」と止まりません。
「“海の精鋭”の育成には、オーディエンス側の意識も重要ですが、当時勤めていた東京では学生を育てられないと思いました。海が遠いので。
でも福岡は、世代間で魚釣りを伝授していたり、地元の人々に海や魚への関心や知識があって、社会が海に向き合っているんですね」
東京大学から九州大学に転職したのも、海が近いことが理由だったという清野さんですが、もともと東京出身の神奈川育ちで、
「海の記憶は3歳くらいからあって、ずっと生活の中に海があります。海の近くにいると健やかでいられるので健康面でも欠かせません。いまも海三昧な生活を送っています。
でも東京も品川あたりで昭和25年ぐらいまでは潮干狩りができたと聞きますから、現代はこんなにも海が遠くなってしまったのかと思いますね。日本の首都として“海を取り戻す”という取り組みがあってもいいと思いますね」
と、遠く離れた故郷の海の未来にも、思いを馳せていらっしゃいました。
取り組むべき海の課題はさまざまあり、研究も尽きることがありませんが、まずは多くの人が気づいていないさまざまな海の面白さを、これからもわかりやすく届けてもらえたらと願っています。