和歌山県串本町を「海ノ民話のまち」として認定!認定委員長が田嶋町長を表敬訪問、認定証授与
海ノ民話のまちプロジェクトは、このたび7つのエリアを「海ノ民話のまち」として認定。そのうちの1エリアである和歌山県串本町の田嶋町長を認定委員長をはじめとする委員会メンバーが表敬訪問し、「海ノ民話のまち」認定証を贈呈します。
2020.07.14
海ノ民話のまちプロジェクトは、日本中に残された海にまつわる民話を発掘し、その民話のストーリーとその民話に込められた「想い」「警鐘」「教訓」を、親しみやすいアニメーションとして映像化しました。本プロジェクトは、次の世代を担う子供たちへ、そして、さらに次の世代へと“海”を語り継いでいく“日本財団「海と日本プロジェクト」”の一環として始動しました。
このたび、7つのエリアを「海ノ民話のまち」として認定。そのうちの1エリアである和歌山県串本町の田嶋町長を、認定委員長をはじめとする委員会メンバーが表敬訪問し、「海ノ民話のまち」認定証を贈呈する運びとなりました。
【和歌山県串本町に伝わる民話「恩返しの家(稲村亭)」あらすじ】*一部変更になる可能性あり
江戸時代、紀州藩は鯨漁を行っていた。捕ったクジラは隅から隅まで無駄なく利用され、最後に残った骨まで大切に使われた。沖に鯨が姿を見せると、人々は海へ出て、追い込み漁を行った。
やがて、串本の大島は廻船の寄港地となり、この地で商いをする商人達は大いに潤った。ところが江戸時代も終わりに近づいた頃、大地震が起こり津波に襲われた。
そのころは、鯨もめったに姿を見せなくなっていた。村はかつてない大飢饉に見舞われ、人々は飢えに苦しんでいた。そこに、廻船が一隻到着する。
すると、江戸へ向かうはずのその船から、積荷が下ろされ、米や味噌、醤油までもが、飢えで苦しんでいる人々に配られた。人々は、これで生きのびられるとありがたがった。
ある時、珍しく鯨が姿を表した。人々は喜び、網を持って海へ出た。ところが追い込んでみると、不思議なことに鯨はいつの間にか大きな杉の流木に変わってしまった。
そこに商人が現れて、流木を20両で買う、いや100両で買うと言って競り合ったが、鯨組の親方は誰にも売ろうとはしなかった。
若い者たちが、どうして売らないのかと不思議がっていると、親方は、「お前たちは知らんが、津波と飢饉で苦しんだ時、船から荷をおろして貧しい者に施してくれたのは、串本の旦那じゃ。その恩返しに、この木は串本の旦那様に差し上げよう」といった。
普段から、クジラを隅々まで無駄にしないのが当たり前のこの地の人々は、流木を丁寧に塩抜きして、その木を無駄なく使い切り、今も残る「稲村亭」を建てたのだという。
【海ノ民話のまちプロジェクト2020 活動概要】
2020年度、「海ノ民話のまちプロジェクト」では以下の活動を行っていく予定です。
・アニメーション完成報告表敬訪問
・アニメ―ション上映会
・アニメーションフィールドワーク
<日時>
2020年7月21日(火)10:30~11:30
<会場>
串本町役場 町長室(串本町串本1800番地)
<プログラム>
1.認定証授与
2.フォトセッション
3.会談
4.囲み取材)
<ウェブサイト>
http://minwa.uminohi.jp/
<お問い合わせ>
「串本町・海ノ民話のまち実行委員会」事務局(テレビ和歌山)
電話:03-3546-8141