“水辺の事故ゼロ”を目指すJLAが安全教育を推進中!<助成事業者インタビュー>
公益財団法人日本ライフセービング協会(JLA)が取り組む、水難事故を未然に防ぐ安全教育
2024.06.13
夏が近づいてきました。そろそろ海や川へ遊びに行きたいとウズウズし始めている人もいるかもしれません。とびきりの思い出をつくるためにも、出かける前に“水辺の安全”については改めて確認しておきたいもの。
夏はライフセーバーの皆さんが忙しくなる季節でもありますが、公益財団法人日本ライフセービング協会(JAPAN LIFESAVING ASSOCIATION、略称JLA)では、これまで日本財団の助成事業として「子ども達への安全教育プログラムの推進」「ライフセービングの高度化」、さらに「誰でも海を楽しめる環境の創出事業」などに取り組まれてきました。
もともとは、大学のクラブ活動など学生主体で行われていたライフセービング活動が、やがて地域に根付き、湘南や下田でスタートした2つの組織が合併して、現在の公益財団法人日本ライフセービング協会の前身になったのだとか。
その後、全国に次々と誕生したライフセービングクラブは現在166クラブありますが、それぞれの活動をとりまとめているのが都道府県協会であり、その総本部となるのがJLAです。
コロナ禍にはメディカルダイレクター(医師チーム)と協議して海水浴場の対応方針を固め、基準を統一して全国的な対応を図ったことを覚えている方もいるかと思います。
救命、スポーツ、教育、環境、福祉を5つの柱として活動されているJLAですが、現在は「水辺の事故ゼロ」を掲げて、教育事業に主眼を置いているとのこと。
夏直前の今回は、水辺の安全について、また協会の取り組みや新たな挑戦について、教育本部長の松本貴行さんと、救助救命本部長の石川仁憲さんに、お話をお伺いしました。
ICT教材の開発から冬の海体験教室まで。全国で多彩な安全教育を実施
以前はライフセーバーの資格認定講習会とライフセービング競技会の運営が主な活動でしたが、公益財団へと変わる2019年頃に、現場から「救助・救命・教育でリーダーシップを発揮すべき」と声が挙がり、現在は「水辺の事故ゼロ」を掲げ教育事業に注力されているというJLA。
「命を救うことももちろん大切ですが、『命を救う』ことになる前に、事故を未然に防ぐ『命を守る』ことを身につけてもらうことがいちばん重要です。どこにリスクがあるのか、どんな身の守り方があるのか正しく伝えて、自助力を高める教育が必要だと考えています。教育内容や学習の進め方などの指針は本部で策定しますが、全国へ普及させるために一番効率がよいと考えたのは、学校教育に組み込むことでした」と成城学園で教諭もつとめる教育者らしい松本さんの回答です。
学校の先生が授業で、水辺で命を守るために必要な知識と技能を教えられるようにと開発した「e-Lifesaving(イー・ライフセービング)」は、新学習指導要領に沿って制作されたICT教材です。文部科学省やスポーツ庁の推奨教材として普及活動にも努めてきました。
「教員向けの研修なども実施した結果、先生たちの間で広まったようで、閲覧データを分析すると学校の授業で利用されている様子が伺えました。おそらく約120万人の児童・生徒に届いているのではと換算しています」と振り返ります。
一方で、ICT学習コンテンツの大切さとともに、リアルで海に触れる学習プログラムの重要性・有効性を実感したというのは、2023年度に実施した「ライフセーバーと一緒に海で遊ぼう」というイベント。ウェットスーツを着た子どもたちがアクティビティ体験とともに水辺の安全を学ぶプログラムです。
「冬の海がきれいだと初めて知った!という反応があったり、冬のイベントだとライフセーバーたちも夏季と比べて余裕があるからか非常に楽しそうでした」と松本さん。
参加した子どもたちの9割以上から来年も参加したいと回答があり、たいへん好評でした。
石川さんも「体験に勝るものはありません。ライフセーバーにとって海は一年中遊べるところというのが当たり前の感覚なのですが、一般的にはそうじゃない。このようなプログラムを各地で5年~10年と続けたら、夏以外も子どもたちが海で遊ぶ時代がくるかもしれません。海は一年中楽しめる場所だと認識が変わったら嬉しいです」と期待を寄せながら、「冬の海は透明感が増してキレイですし、音もにおいも違う。クラゲもいませんし、おすすめです」と教えてくれました。
減らない水難事故を、確実に減らすために。海のそなえプロジェクト始動
JLAでは、これまでの取り組みを継続しながら、2024年度は新しい取り組みにも挑戦します。それが、始動したばかりの「海のそなえプロジェクト」。
“そなえ”とは、水辺の事故を防ぐための知識や装備、行動を身につけて備えようという合言葉であり、安全を啓発するプロジェクトです。
「水辺の事故ゼロ」に取り組んできたJLAが、これまでの活動を振り返るなかで「水難死亡事故は自動車死亡事故の2.5倍ぐらい起きているのに、減っていないことは大問題」「遊泳中や釣りの際の水難事故で死亡・行方不明者が年間約200人もいる」と大きな課題が残っていることを再認識。溺れ事故を確実に減らすために、やらなければならないことは何なのか。そんな課題改善への決意を固めて、うみらい環境財団と日本水難救済会とともにプロジェクトに参画しています。
3ヵ年計画のなかで、JLAは大きく2つのアクションを担うそうで、
1つは、全国的な水難事故の実態把握。
アンケート調査と事故データの分析を行い、見えなかった事実を明らかにして水難事故の実態を把握していこうというもの。ナショナルデータとして活用していきます。
2つめは、危険を擬似体験できるコンテンツ開発。
ICT教材「e-ライフセービング」をベースにしながら、ICTで実現できない部分を例えばVR(バーチャルリアリティ)で補強し、新コンテンツを開発していきます。
“溺れる”疑似体験によって、海の状況を理解したり危機意識を高めたり、一方で海の楽しさも感じてもらえるものにしていくのだとか。
6月19日には関係者に向けた「海のそなえシンポジウム」が開催されますが、テーマは「水難事故対策の常識を疑う」です。
「これまでに取得できた定量データをご報告しますが、新たな発見が得られると思います。VRで危険を学ぶ新コンテンツについても、試験開発の結果を共有する予定です。
シンポジウムでは他にも有識者を交えたディスカッションなども予定していて、これまでの水難事故対策の常識が本当に正しいのか、改めて考えるキッカケになるはずです」とアピール。シンポジウム開催後に、詳細なレポートが掲載される予定なので、ぜひ新情報にご注目ください。
※6月21日追記:「海のそなえシンポジウム~水難事故対策の常識を疑う~」を開催
体験にまさるものはない。子どもも大人も海との触れ合って学んでもらいたい
そして海水浴シーズン直前のいま、「水辺の安全」「そなえ」の必要性について改めてお聞きしました。
事故を防ぐためには、正しい知識と正しい技能を身につけて、行動できるようにすること、つまり自助力が重要になりますが、
「誰もが自分の命を守る行動が取れるように、一人ひとりの意識と行動を変えていくことが不可欠です。注意喚起するだけでは足りないので、そこに教育が必要だと思います」
教育を必要としているのは子どもだけでなく、先生や保護者も一緒に学んでもらいたいのだとか。
「たとえば、ライフジャケット着用についての判断を大人が正しくできる必要があります。でもその自己判断の根底にさまざまな実体験が伴っていないと、オートマチックな判断にしかなりません。実際に水と親しみながら、多様なシーンで応用できる安全を身につけてもらえたらと思います」
これまで安全教育についても、JLAが行った調査では「浮いて待て」を実際に30秒続けられた児童は約3割しかいなかったとか。
「「浮いて待て」は落水後に誰かの救助を待つことが前提です。必要なのは、こうした水に落ちたあとの対処行動よりも、水に落ちないための事前行動であって、溺れる状況をつくらないことです。夏休みにおける児童・生徒の不慮の事故ワースト2位が水難事故ですから、交通安全教室と同じように、水辺の安全教室も学校で実施されるといいなと。島国だからこそ必要だと思っています」と松本さんからの提言です。
最後に、海との正しい付き合い方や理想の海の形など、海への思いを伺ってみました。
松本さんは、「海と環境は切っても切れない関係です。いま子どもたちに海離れ問題がありますが、その子どもたちが大人になったとき、海離れがもっと加速します。『海を大切に』と言っても海に行ったことがない人には響きません。
そうならないように、環境を守るためにも安全を学ぶためにも、もっと海に親しみを持って触れあっていけるといいなと思います」としみじみ。
石川さんも、「同じく、とにかく海に行ってほしいし、海で遊んでほしいと思います。イベントに参加した子どもたちが、冬の海がこんなに綺麗だとは思わなかったと驚いていましたが、実際に冬の海は透明度も違いますし、そんなところも感じてほしいと思う。実体験はとても大切です」
大学の時にライフセービング部に入り、気づいたら夢中になっていたという石川さんですが、「ひとことで海の魅力を伝えるのは難しいですね。それだけ奥深い。アクティビティをするだけでなく、散歩やのんびりと砂浜に座っているだけでも心地よいのです。ライフセービングの高度化事業を通じて、世界初の試みであるAIやIoTを活用した安心安全な海辺の利用環境の創出を進めていますが、テクノロジーは多くの人が海の利用や安全に関われる機会をつくることができます。海や海岸をハブにして、多くの人が集まるコミュニティができたらステキだなと思います」
30年以上も海と密接に関わってきたお二人の海への思いと水辺の安全についてのメッセージ、海に出かける際に思い出してもらえたらと思います。